『誰から取り、誰に与えるか 格差と再分配の政治経済学(東洋経済新報社)』井堀利宏(著)

 財政関係の著書が多数ある井堀利宏氏の1冊。
 数字に現れている本当の格差とは何か、再分配とはどのような形であるべきかについて述べている。

『わが国における再分配政策論では、情緒的な議論が横行しすぎている。(中略)そもそも、どのような格差が問題なのだろうか、また格差が本当に拡大しているのだろうか。かりにそうだとして、それをどこまで是正すべきか、さらに、格差を是正する場合、再分配政策はどこまで有効なのか、こうした論点に関して、冷静な分析・議論が必要である』 ―― 【誰から取り、誰に与えるか 4頁】

 地に足の着いた再分配の議論がなされており、財政学や経済学を学んだ人でなくても読むことが可能となっている。格差論議をする上で、情緒的になりがちな人にお薦めな本である。


1.概要
 本書で行われるのは、以下の事項である。

『再分配政策のメリット・デメリットを整理して、公平性、効率性の両面から今後の再分配政策のあり方を考えていきたい』 ―― 【誰から取り、誰に与えるか 5頁】

 その際に用いられる基本的な3原則として著者は以下の3つを掲げている

  1. 対象の特定
  2. 期間の設定
  3. 経済的制約の考慮

である。
 単なる量的な再分配では本当の弱者とされる人々に対して、再分配が行われない。例えば、定額給付金がある。あれは所得制限も、対象の制限もなく、薄く広く国民にお金を行き渡らせた。確かに平等といえば平等だが、弱者救済、再分配という考え方からすると「対象の特定」の原則が守られておらず、問題があった。
 その点をふまえ、適切な再分配を行なう上で必要な考え方を以下のように述べる

『弱者の自助努力を引き出す、あるいは、それを阻害せず、それと両立する再分配政策が求められる。効率的で公平な再分配の仕組みを構築することで、少子高齢化社会のさまざまな課題に対処し、若い世代、将来世代に希望の持てる社会を築くべきである』 ―― 【誰から取り、誰に与えるか 6頁】

 3原則と上記の考え方が、本全体を通して著者の訴えている事項である。


2.主な内容
(1)章立て
 章立ては以下のようになっている。

第1章 再分配とは何か

  1. 持てる者と持たざる者の分かれ道
  2. 格差はどこまでなら許容できるか
  3. どんな格差が問題なのか
  4. なぜ再分配が必要なのか――公平性の価値判断

第2章 日本の所得再分配

  1. 再分配の仕組み
  2. 再分配政策は現実に機能しているか
  3. 税の不公平性――自営業者と専業主婦の既得権
  4. 地域間の再分配
  5. 世代間の再分配
  6. 何が問題なのか

第3章 再分配改革のすすめ

  1. 世代間再分配の改革
  2. 地域間再分配の改革
  3. 個人間再分配の改革
  4. 国際間格差の是正

第4章 再分配の政治経済学

  1. 格差の是正と経済的制約
  2. 再分配政策はどう決まるのか
  3. 再分配政策のモデル分析
  4. 再分配政策の改革が進まない理由

第5章 諸外国の再分配政策から何を学ぶか

  1. 再分配政策の国際比較
  2. アメリカの再分配政策
  3. 英・独・仏の再分配政策
  4. 北欧の実態――公的部門の役割とその負担のあり方

第6章 誰から取り、誰に与えるか――再分配政策の3原則

  1. 対象を考える
  2. 期間を考える
  3. 経済的反応を考える
  4. 政府の再分配能力を考える

 以上から分かるように、大まかに言って、

格差の存在の特定と格差の程度の特定

を行い、それを踏まえ

再分配改革による格差是正の方法

について考えている。更に

諸外国の政策方針を検討、日本の所得再分配政策を相対化

している。


(2)格差の存在の特定と格差の程度の特定
 ここでは、格差の主原因が何かについて検討している。
A.相対的格差
 著者によると、日本の格差問題で良く取り上げられるのは「相対的格差」であるという。例えば、年収1億の人と年収600万の人を比較し、格差が存在するというのが「相対的格差」である。だが、これだけを考えると問題がある。それは
絶対的な水準から考えて、年収600万の人が困窮しているのか?
困窮しているとしたら、どの範囲で是正すべきなのか
といった問題である。もちろんこれは極端な事例であり、実際はもっと財政状況が厳しい人々はいくらでもいる。ただ、「相対的格差」だけで物事を考えると誤りを招くということである。
 加えて、相対的格差を比較するうえで良く使われるのは所得格差である。上の例も所得格差の例である。だが、所得が少なくても(0だとしても)、資産があればどうだろうか。何千万、1億にも及ぶ資産、膨大な預貯金を保有しているならば、その人は決して貧困状態ではないだろう。著者は、所得格差よりも、資産格差が拡大していると言う。資産を把握しない限り、「本当の弱者」とされる人々に再分配は行えないと説く。


B.個人間、世代間、地域間、国際間格差
 次はこれら4つの格差である。著者がいうに、日本で重視されているのは「個人間」と
「地域間」の2つである。
 個人間というのはAで取り上げたような格差である。地域間というのは地方にシャッター街が溢れていて、だから是正しなければならないといったような格差である。
 確かに、この2つも重要である。だが、この2つだけだと見えてこないことがあると著者は述べる。「世代間」と「国際間」にも目を向けなければならないと言う。
 「世代間」とは高齢者層と生産年齢人口層の格差である。一般に高齢者は弱者で救済しなければならないと言われる。だが、実際のデータと高齢者の持ち合わせる資産からすると、高齢者の所得は決して少ないものではない。むしろ資産を多分に保有しながら、所得もそこそこという、実質「強者」と言っていいような高齢者も多数存在する。例えば、高齢者の再分配所得は母子家庭よりも多い。母子家庭は資産も所得も少ないことが多々あり、お金を必要としているにも関わらず、高齢者ほど恩恵に預かっていないといった事例がある。
 「国際間」とは国と国との格差である。再分配政策を考える上では、国内で完結するのではなく、国際的に考えなければいけないと言う。というのも、経済は国内のみならず、国際的だからである。例えば、グローバル化により、単純労働の価値が下がっている。これは国内にいる単純労働者の所得を減少させてしまう。そうしなければ、国際競争力を保つのが難しいからである。
 以上から、著者はこれら4つの格差を上手に目配りしなければ、格差解決には覚束ないと述べる。


(3)再分配改革による格差是正の方法
 著者は以下のような再分配改革を行なうべきであると言う。

公的年金制度を個人勘定積立方式や、個人勘定賦課方式に改革すること、交付税制度をスリム化して、住民を経由する方式に改革すること、給付付き税額控除の導入や、その前提となる納税者番号制度や社会保障個人勘定の導入が有益である』 ―― 【誰から取り、誰に与えるか 7頁】

 ここでは、これだけに留める。
 具体的には読んだときに判断していただきたい。


(4)諸外国の政策方針を検討、日本の再分配政策を相対化

  1. 再分配政策の国際比較
  2. アメリカの再分配政策
  3. 英・独・仏の再分配政策
  4. 北欧の実態――公的部門の役割とその負担のあり方

というように、アメリカ、西欧、そして日本でよく取り上げられる北欧の再分配政策について検討している。
 特に北欧については、単純に適用できるほど、日本と北欧の違いは少なくないとして、注意を促している。


3.感想
 250頁程であり、それ程分厚くはないものの、格差問題、再分配政策に確かな視座を設けてくれる本。

『再分配政策には、その財源を得るための課税とそれを給付する社会保障政策の2つの側面を持っている。このうち、財源を確保する課税原則は「薄く広く」が望ましい』 ―― 【誰から取り、誰に与えるか 232頁】

『これに対して、再分配の給付面では、「選択と集中」が望ましい。薄く広くばらまくと、弱者でない人にも給付することになるので、政策の効果がなくなる。弱者に給付対象を限定することで、ある程度少ない財源でも十分な手当をすることが可能となる。ここでも原則1「対象の特定」を維持することが重要である』 ―― 【誰から取り、誰に与えるか 233頁】

 財源は制限されている。加えて、現状は適切な再分配がなされていない。この前の定額給付金であれ、現在行おうとしている子ども手当や高校無償化であれ、現在の年金システムであれ、それは変わらない。
 だが、改革するのは難しい。というのも、人口構成上、高齢者の人数(直に退職する人々も含めて)が大きな地位を占めているからである。政治は選挙であるとどこかの誰かは言うが、その選挙に対して、高齢者は強いのである。となると、政治家としては高齢者に配慮した政策を行わなければならない。それでいて高齢者は、やたらと弱者として喧伝される。もちろん本当の弱者である高齢者の人々も多く存在するだろう。ただ、現状は本当の貧困者がおざなりにされ、歪んだ再分配が行われている。
 そんな現状をこの書は明らかにしている。
 格差や再分配について実効性ある手段を考えたいのであれば、是非一度読むべき本だと思う。

誰から取り、誰に与えるか―格差と再分配の政治経済学

誰から取り、誰に与えるか―格差と再分配の政治経済学