『遊撃手論』久慈照嘉(監修)矢崎良一(著)
守備で有名になった選手は、どの競技であれパッと見の記録では大したことが無い。
野球なら投手や打撃、サッカーならゴール、他にも色々あるだろう。
後世に伝えるときに、表面上の記録で伝えることの出来ない選手たち。
「遊撃手論」で中心となるのは、一般的に守備型と言われる選手たちである。
1.本の内容
本の内容はどのようなものか。章立てを見れば、一端は感じてもらえると思う。
第一章 遊撃手たちの原風景
- はじめてショートを守ったとき
- 「守備がうまい」とはどういう意味か
- 派手なタイプと地味なタイプ
- 「守りから入る」という考え方
- 勝てるチーム・勝てないチームの遊撃手
第二章 遊撃手の資質とは?
第三章 名遊撃手の考え方
- 遊撃手の性格的特徴
- うまくなるための考え方
- 打撃との相関関係
第四章 遊撃手の仕事術
- 技術ポイント〜構えとスタート〜
- 技術ポイント〜打球に合わせる”間”〜
- 守備は足がすべて
- コンマ1秒を縮めるために
第五章 二遊間の微妙な人間関係
- 近くて遠いポジション、セカンド
- 仲の良さは必要か?
第六章 遊撃手を育てる
- ノック(守備練習)は楽しい
- 名手が名手を育てる
- 基本の反復と感覚の伝達
と以上全六章で構成されている。
遊撃手がどのようなポジションであるのかという定義から、遊撃手の資質、技術、そして遊撃手の育て方に至るまで、様々な事柄について書かれている。
事例は主にインタビューのような形、取り上げられた選手は久慈照嘉、宮本慎也、井端弘和、大橋穣など往年の名選手から現代の名手まで多様だ。
ソフトボールなど他の競技の選手にもインタビューを行うことで、そこにある共通性や相違点を明らかにしている。
2.感想
あまり触れることのない守備面から見た野球。単純に技術論だけに終わらず、考え方やどういった心持ちで試合に臨んでいるのかという点まで書かれており、非常に興味深い。
素人目には分かりづらい面白み、遊撃手が持つある意味ちょっと偏屈した面白みを滔々と語る選手たち。彼らに共通しているのは、貢献への自負だと思う。「扇の膨らみ」を作るポジションにある選手、内野で最も難しいポジションを守る選手として、どれだけチームに貢献することができるかという点に一種の「プライド」のようなものを感じさせる。
一方で、技術論に関しても、そこそこ突っ込んで話している本でもある。
構えから取って、投げるまでの個々の動作について、絵や画像はないものの容易に思い浮かべ読み進めることが出来る。
特に興味深かったのは田口壮についてであった。内野から外野に転向し、オリックス黄金の外野陣を形成した田口だが、内野時代はイップスにかかってしまった。良くある話では、精神的なものが影響しているとされている。しかし、大橋が言うには「インステップ」が根本的な原因であり、即戦力のため直す暇が無かったせいで外野転向を余儀無くされたという。
不調の時、精神的な、精神的なと良く言われるが、それ以前の体力的、技術的面で欠陥を抱えていることは往々にしてあるものだ。行動や振る舞い全体を見直してみることで、精神的な問題に至る前に不調から脱却することも出来る。これは押さえておかねばいけないと考えた。
最終章ではインタビューされた選手やコーチらの育成への考えが書かれている。
ここもまた、各々特徴があって面白い。
特に宮本は、「言葉」を重視すると言う。PLという名門高校を出て、大学、社会人と歩んできた、そして、野球界で「言葉」に重きを置き、様々な場面を「言語化」することによって一時代を築いた野村の下で働いた宮本らしい考えで笑ってしまった。
260ページに渡る本であるものの、文字の大きさや文体からして決して読みにくかったり時間がかかったりする本ではない。
しかし、野球を観る上でもやる上でも大いに刺激を与えてくれる本なので、ファンも指導者も選手も是非一度読んでみて欲しいと思う。
最後に一つ、表紙に「組織に求められる遊撃手的人材とは?」と書いてあることについてちょっと。
たしかに、読んでみると「つまりこういうことかな」と思うのだが、表紙にするほどのことではないと思う。
「組織に求められる」とかまあビジネス本っぽい佇まいを作ってはいるものの、ビジネス本の形態はとってないと言って良いレベル。
だから、肩肘張らずに誰でも読んで良い本なはずだ。
- 作者: 矢崎良一,久慈照嘉
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2009/06/18
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