魔法少女リリカルなのはstrikers 第25話 サイドストーリー『誤算』

 とてつもなく久方ぶりに書いたものです。前載せたのは……何時?
 内容はクアットロ視点から捉えた25話です。端的に表現すると、なのはにディバインバスターぶち込まれるまでの話。そこにちょっと回想とか、台詞とかを付け加えたものになります。
 あるシーンを本当はもっと某作品をそのままパクった感じにしても良かったのですが、そんなことをしたら失礼になりますのでぼやかしたところも。
 私的にどう考えても需要があるように見えない。
 相も変わらず未熟ですが、読んでいただければ幸いです。
 では。『誤算』です。








 彼女は気づいていない。自分が何処にいるのかを、如何なる立場におかれているのかということを。一欠けらも認識していない。何者かが、何物かが近づいているということを。
 其の時まで……残り僅か……。
 
 
 ゆりかごの最下層で、女が一人、戦況を見守っていた。続々と入ってくる報告、すべて想定の範囲内であった。
 まず、妹たちの拘束があった。これは女にとってむしろ望んだことだった。この戦いが始まるにあたって開かれた話し合いにおいて、女自身が進言したことだったからだ。自らが担当するゆりかごから、未熟な彼女らを遠ざけることは、作戦の成功にも、女の考えにも合致することであった。ただ一人、女の妹が隣に据えられた。普段共同で作戦に当たっていたからという理由であった。だが、その一人も既に拘束され、外部へと連れて行かれた。女がそのように仕向けたのだ。あの白い魔導士の排除、もしくは一定時間の足止めという役割を与えたのだ。その妹はそれに従って出て行った。全く愚かな子だと思った。自分の能力を考えてみればすぐ分かるではないか。あいつには絶対に敵わないということなど。大して強くも無いくせに、敵に同情を示す。あの子は不適格な存在だ。そのように女は考えた。
 次に駆動炉の破壊があった。駆動炉の破壊は、目標ポイントへの到着に若干の遅延をもたらす。あの赤い魔導士があそこまで踏ん張るとは考えていなかった。だが、左程問題ではない。駆動炉を一つ破壊したからといって、代わりは幾らでも存在する。上昇速度はある程度減退するが、結局はここまで辿り着かなければゆりかごを停めることなど出来ない。更にゆりかごの駆動炉は一度破砕されたとしても、一定のエネルギー供給のある場所において、ある程度の時間が経てば再生する。作戦が成功すれば全く問題が無いのだ。
 最後に、以前までの本拠地において、ドクターと姉妹たちが拘束されたことについてだ。女は、これがどうしようもないことだと考えた。彼自身が選択したことだったからだ。そして、姉たちも彼に付き従って残ることを選んだ。一つ、女が常々疑問としていたことがあった。彼がしばしば、自らの身を危険に晒す選択をする、ということだった。今度においても、それは見られた。彼自身が本拠地に残る必要は無かった。更にあの金髪の女の前に顔を出す必要など全く無かった。だが彼は残り、そして姿を見せることを選択した。思考の範疇には入れていたが、やはり全く理解の出来ない選択だった。だが、別に問題は無い。彼の存在は自分の中に収められている。そこからまた生み出せば済むことだ。姉たちも彼女らが選択したことであるのだから。よって、切り離すことを選んだ。
 以上のように女は考えていた。
 今一度、女は目前の映像へと目を向ける。白い魔導士と聖王が戦っている。戦闘技能では聖王の分が悪い。だが、無尽蔵の魔力を持っている。長期戦になれば、人間に過ぎない白い女に勝てるわけが無い。そして戦いが終わることなく、ゆりかごが軌道上に達してしまえば、こちらの勝利となる。聖王についても、自らの制御下にある。彼女の感情など、こちらから幾らでも操ることが可能だ。時間稼ぎの戦闘とゆりかごの鍵としての役割、この二つを果たしていればいい。
 それにしても無様な戦いぶりだと思った。バインドを用いて標的を固定し、砲撃を放つ。お手本のような戦い方だが、それ以上でもそれ以下でもない。こんなものがエースだとは……、管理局はこうまで人材が不足しているのか。蟻程度であるが哀れみを感じてしまいたくなる。レジアスが自分たちを地上本部の戦力として導入しようとしたのも頷けてしまうというものだ。
 画面を見つめる女、彼女は全く気づいていない。背後から迫り来る存在に全く気づいていない。それはとてもとても小さい。しかし、とてもとても大きな災いをもたらすのだ。
 
 
 高速でゆりかご内部を移動する姿が映し出された。銀色の髪をし、十字を象ったデバイスを片手にした女だった。白い女の加勢に向かうのだろう。別に一直線に向かわせても構わない。魔導士二人がかりだからであっても、聖王がすぐに敗北を喫するということはないからだ。だが、妙なことがあっても困る。ガジェットを仕向け、聖王の間へ到着する時間をある程度遅らせればいい。女はそう考えて、ガジェットを仕向けるように防御システムを動作させた。
 其の時、後ろから這い寄ってきた物に気づいた。
 「これは……」
 女は分からなかった。防御システムにこのようなものがあっただろうか。ありえない。ゆりかごの調査は長い年月を掛けて行なったのだ。把握し切れていないという可能性は極めて低い。絶対に無いと言ってもいい。ならば、これは一体……何だ。
 どうやら魔力の固まりだった。色、球体の色を見た。ピンク色。ピンク色……。一つだけ、思い当たるものがあった。
 「まさか……」
 女は映像に目を遣った。そして、あの白い女をじっと見た。彼女の発している魔力光の色を見た。それは……まごうことなきピンクであった。
 女は唖然となった。ありえないものがここに存在していた。小さい魔力の塊が女の目の前にあった。
 女は考えた。なぜ、あの女の魔力がここに存在する。一体何のためにここまで送ってきた。何を目的として……、何を……。
 「ずっと……」
 再び目を映像に戻す。そこには緊縛された聖王の姿と……、こちらへと一直線へデバイスを向けている女の姿があった。
 女は理解した。この光球の役割を。彼女がなぜこれを使ったのかを。どうして彼女があのような無様な戦い方をしていたのかを。
 「ずっと……私を探していた」
 探していた。調べていた。全てを調べつくす時間が無いと、始めから考えていた。だから、全てを知るために、彼女はこいつを放ったのだ。また、疑問を持っていたのだ。どうして聖王の間と駆動炉だけ位置が判明したのかということを。そして、その疑念をいよいよ強くしたのが、自分の存在だったのだ。あの時、彼女の目前に自分は姿を見せた。彼女はきっと、こう考えたのだ。自分を倒さなければ、ゆりかごは停まらない可能性が高い、ということを。
 女の顔が強張る。何をしてくるのだ。あの白い女は、自分に対して一体何をしてくるのだ。
 「だけど、ここは最深部。ここまでは……」
 聖王の間とこの統括制御室は全く別の場所にある。幾らあの女が砲撃を扱うにしても、ここを狙うことは不可能なはずだ。今からこちらに向かってくるのか。それはありえない。あの女の移動速度から考えれば、到底間に合う距離ではない。
 だが、あの種類のバインドは、今の今まで続いてきた聖王との戦いでは一度も使われていないものだ。とすれば、何らかの目的、狙いがあって掛けたに違いない。
 しかし、ここへ直接攻撃することは……、出来ないはずだ。
 女は探していた。それは、「正しい答えを」ではなかった。「自分にとって」という枕詞がついているものだった。つまり、単なる願望を探しているに過ぎなかった。
 けれども、思考がある答えを探し出した。
 「壁抜き……」
 あの場所から、あの距離から、自分を一撃の下に葬り去る方法。その方法は至極、単純明快なものだった。聖王の間から、壁を全てぶち抜いて一直線にこの部屋を狙い、そのまま自分に砲撃を命中させる。
 「けれど、そんな馬鹿げたことが……いや、もしかして」
 一つ、引っ掛かったことがあった。それは、ほんの片隅に仕舞われていた過去の記憶だった。五年前、空港火災で、あの女がしたこと……。
 画面の向こうで白い女が一歩踏み出したとき、ゆりかごが揺れたように感じた。勿論、実際には揺れてなどいない。しかし、その行為は女に対して、とてつもない衝撃を与えた。あの出来事を明確に思い出させるのには十分なものだったのだ。
 「ああ……、あ……、ああ、あああ…………」
 映像に映る女は、既に構えに入っていた。
 
 
 「クアットロ、よく来てくれたね」
 数々の培養機が並んでいる部屋で、白衣を着た男が一人、女を待っていた。
 「ドクターの仰せならば、私は喜んで馳せ参じます。ドクター、何か仰せつかることでもございますか」
 女は丁寧に挨拶をした。彼は女の製作者であり、最も尊敬する人物であったからだった。
 「ああ、あるね。クアットロ、奥に付いてきてくれないか」
 「はい」
 男は身を翻して、奥へと歩き始めた。女も付き従っていった。
 奥に着くと、そこには人が入った培養機が幾つか並んでいた。これらは全て女の同類であった。女自身も場所は違えども、同じところから生まれていた。
 男は止まり、培養機を見上げながら話し出した。
 「ここにいる彼女らをどのように思うのか。忌憚無く意見を聞かせてくれないか」
 「えっ」
 「君には常々聴いてみたいと考えていたんだよ。どうやら一家言持っているようだったしね」
 男がクスリと笑いながら、女を見た。女は戸惑っていた。言われたことが図星だったからだった。男の開発した戦闘機人に対して、女はある不満を持っていた。それは特に、自分より後で開発された妹たちへの不満であった。
 「どうしたんだい。別に怒りはしないさ。ただ話してくれればいい。それだけだよ」
 「は、はい。では、話させていただきます」
 「ああ、頼むよ」
 女は小さく咳払いをして話し始めた。
 「ドクター、私は戦闘機人とは兵器の一つだと考えています。高い素質を持ち、能力も高い、高位の魔導士は供給が不安定です。更に、世界に数多く存在する魔導士のほとんどは、素質、そして能力共に高いものではありません。一方、戦闘機人は一定以上の能力を持った戦力となり、更に計画的な製造が可能です。勿論、個体差はある程度存在しますし、このような場所では大量に生産することは出来ません。しかし……」
 「しかし……何だね」
 「しかし、現状のドクターのやり方では、無駄が多すぎると私は考えます。私が見ている範囲ですが、ドクターは全く効率を考慮に入れていません。ほぼ確実に失敗が見込まれる場合でさえも中止をしようとはしません。このような考えから、セインのような特殊技能を持った子が生まれたのも事実です。けれども、大多数は無意味な結果に終わっています。もっと一定の水準を保ち、それでいて計画的な製造を可能とする方法があります。ドクターも知っているのに関わらず、なぜ実行されないのですか」
 男は開いたままの培養機を見上げながら、じっとその話を聴いていた。女の声が止まったので、顔を再び女へと向けて言った。
 「ありがとう、クアットロ。だがね、まだ言い足りないんじゃないか。一言話したそうな表情をしているよ」
 「え……」
 またもや図星だった。確かにまだ言っていないことはあった。だが、それを言うことは憚られるように思えた。さすがの男も、気分を害するのではと感じたからだった。
 「遠慮なく言うと良いさ。なあに、怒りなどしない。最初にも言っただろう。ただ話してくれればよいと」
 今一度、念押しするかのように男が言った。それを聞いて、女はこの焦点とも言える箇所に触れることを決心した。
 「では、言わせていただきます。単刀直入に言って、なぜドクターは感情を重視するのかということが常々疑問だったのです。最初に申し上げたとおり、戦闘機人は兵器の一種です。良く言えば純朴、悪く言うと愚か、とも言える感情というものを兵器に持たせることが必要なのでしょうか。私は必要だと思いません。感情は躊躇いを生み、不確定要素を生み出す厄介な存在に過ぎません。兵器は感情など持たず、ただ戦場における一つの駒としての役割を果たすことが重要です。将来、ドクターが実行しようと考えていらっしゃる大望を果たすためにも、もっと兵器としての戦闘機人を製造していくことこそが重要なのではないでしょうか」
 女は一息に話した。男の様子を見ると、彼はいつもと変わらず、何か含んだような笑みを浮かべていた。
 「クアットロ、君の話したことは尤もだよ。私と似たところも、私と違うところも、全て考えていた通りだね。やはり君こそ、この計画を実行すべきだ。私は現状の子達に加えて、他にすべきことがある。そして、君の姉達には出来ない仕事だ。クアットロ、シリアルナンバー七・八・十二の三人の開発をしてくれないか」
 女は呆気にとられた表情をしていた。他の姉たちを差し置いて、まさかこのような仕事を請け負うことになるとは思っていなかったからであった。
 「喜んでやらせていただきたいのですが、ドクター。一つ質問をしてよろしいでしょうか」
 「構わんよ」
 「お姉さま方に出来ないというのはどうしてでしょうか。ウーノお姉さま、ドゥーエお姉さま、トーレお姉さま、どの方もこの仕事をこなすだけの能力はお持ちのはずです」
 「彼女達に頼んでも詰まらないだろう」
 あっさりと男は答えた。
 「詰まらないとは、どういうことでしょうか」
 「考えてみたまえ、彼女達には、ある一つの点で問題がある。それは、彼女達が、私を第一義に考えてくれている、ということだよ。だから、彼女達は私の意を汲み取ることに注力してしまう。私の跡を辿ることしかしないだろう。それでは私の考えていたことと同じようなものしか生まれてこない。しかし君は違う。私と最も似た存在でありながら、私とは異なる考え方をしている。現に君は意見を述べたじゃないか。クアットロ、君の考えるようにやり、私に君の考えている戦闘機人の理想像を示してくれないか。開発を引き受けてくれるかね」
 「承知いたしました。是非やらせて頂きます」
 男は、答えを聞いて、ニッコリと笑った。
 「ありがとう、クアットロ。そうだね、それともう一つ言っておこう」
 「何でしょうか」
 男はニヤリと笑いながら語った。
 「君は私と似通った性格を持ちながら、異なる考え方を保有している。その君の考え、思考、それは真に素晴らしいもので、尊重に値する。しかしだ。心しておきたまえ。古代ベルカにおいて、王になることを目指したある将軍の話を。哀れなあの将軍の末路を。クアットロ、心しておきたまえ」
 「はい……」
 女が、どうにも当を得ない顔をしているのを見て、男はもう一度含んだように笑った。
 「なあに、気に病む必要は無いさ。ただの戯言だ。では、クアットロ、頼んだよ」
 男はそう言って、更に奥へと入っていった。
 
 
 女は戦慄していた。ピンク色に染まる映像の右上には、別の画面があった。そこには、聖王の間において観測されている魔力の大きさが示されていた。画面の向こうにいる女は、ファイアリングロックを解除し、自己ブーストを限界まで懸け、全ての魔力をあのとてつもない光球に注ぎ込んでいた。
 女は恐怖していた。映像に映るあの白い女の表情に。それは怒りに満ちているのでも、悲しみに満ちているのでもなかった。その表情に映るのは確固たる意志であった。女自身が表現した「悪魔じみた正義感」、正にその表れであった。
 女は思い返していた。彼の話を、彼が話したあの将軍の話を。将軍は最後、どうなったのか。女は知っていた。
 将軍は有能な人物であった。ただ、彼には欠点があった。それは、一つには目立ちたかり屋であった点、一つには計算高かった点、そして最後の一つは血筋というものに非常にこだわるという点であった。将軍は親や同じ両親を持つ兄弟にしか情を向けなかった。その他の人間、親を違えただけの兄弟でさえ、将軍は情を向けずただの駒とみなした。将軍は分不相応な野望を抱いていた。その野望とは世界を統べること、今いる聖王を打ち倒し、自らが最高位に昇ることであった。将軍は聖王と戦った。その過程において、戦略上多くの将兵を切り捨てていった。将軍にとってそれは当然のことであった。だが、最後、将軍は血族に裏切られ、一人となった。そして、聖王によって打ち据えられ、死んでいったのだった。
 勿論、この物語には大いに誇張されている箇所も多々存在するのであろう。しかし、女の眼前に展開されている光景は、左程変わらないもののようであった。
 ガクガクと足が震え、身体が震え、手が震え、ガチガチと歯が鳴っている。女はどうにかして逃れる場所はないかと考えた。しかし、逃げる場所など何処にもなかった。この部屋はゆりかご最下層に位置していたからであった。最深部からの脱出経路や避難経路など存在しなかった。女は逃げる方法はないかと考えた。しかし、逃げる方法など何も無かった。体の良い回避方法や防御方法など女自身に備わっていない。こんな時になって初めて、あの愚かしい妹が羨ましかった。彼女が最も嫌いだったセインの能力が羨ましかった。
 映像の白い女は、ちょうど魔力を収縮し終えたところであった。
 女の頭の中で、生まれてからこれまでの出来事が蘇ってきた。ドクター、姉、妹、そして唾棄すべき存在達。あの戦い、その戦い、あの企て、その企て。この誕生してから15年の月日が、一気に女の中を駆け巡った。
 どうしてこんなことになってしまったのか。なぜ気がつかなかったのか。
 「どうして……、どうして……」
 ここが一番安全な場所だと考えた。だから、女はここを選んだ。なぜなら、過去に一度、不用意な行動によって、あの女の直射砲を受けそうになったことがあったからだった。トーレ姉さまに助けてもらったが、その時痛感した。最も安全な場所から戦局を制御することこそ、自らにとって重要だと。その通りに選んだのがこの場所なのだ。だがあの白い女はそれをも物ともしなかった。今こうして、自分に向かって砲撃を放とうとしている。
 「高町……なのは……」
 女はこの名前を初めて呼んだ。女は漸く認識したのだ。こいつはイレギュラーな存在だったのだ。規格外の存在だったのだ。こいつだけは本気にさせてはいけなかった。こいつの前に無闇に姿を晒してはいけなかったのだ。
 「高町……なのはっ……」
 映像を見る。その姿は光に遮られてみることは出来ない。だが、口がゆっくりと動いているのが見える。口が横に大きく開き、閉じる。縦に大きく開き、そのまま縦を絞っていき、横に大きく開く。そして……、遂に……、閉じた。
 「ああっ……、あああっ……」
 恐怖が来る。恐怖が来る。光を連れて遣って来る。女は怯えていた。震えていた。縦に、横に、斜めに、前に、後ろに、震えていた。女は考えていた。もうじき来る。とてつもないアレが来る。自分を一呑みに食い殺す。犯され、穢され、蹂躙される。
 そして……、映像の向こうにいるあの女が大きく叫んだ。
 映像は一面の光に包まれる。右耳と左耳に轟音が鳴り響く。幾つもの壁を打ち破り、幾つもの床を打ち抜いて、巨大な閃光が押し寄せる。
 女は逃げる。後ろを向いて逃げる。何処へ逃げるのか、などどうでもよかった。とにかく逃げる。生存本能に忠実に従って逃げようとする。
 しかし、無情にも、光は最後の隔壁を破る。
 「ああああああああ…………、あああああああっ………………」
 女は普段の理性などどこかへと素っ飛んでしまったような声を上げた。とても、とても大きな金切り声であった。
 しかし、光は容赦なく、声も床も壁も、そして女自身も呑み込んで、爆裂した。
 
 
 見るも無残に破壊された部屋。そこに一人の女がいた。女は光を求めるかのように、天へと手を伸ばす。そして、ある言葉を呟いて、気を失った。
 その言葉は、女自身も覚えていなかった。


 <了>