リトルバスターズ!第6話、神北小毬の話を終わっての感想

 神北小毬の話をここで終えたんだけど、
 この話、主人公が1人で最後向かい合う必要があるのかという点が腑に落ちない。
 原作なら、彼女のルートで最後も最後で、直枝理樹が1人で彼女に向かう必然性を用意できそうなものだけど
アニメのこの時点で、僕にしか出来ないんだと言って1人でウンヌンして周りがそれを後押しするという展開は
ちょっと無理がないか。
 関係を成熟させる前に話を進めなければいけないという諸事情はあるにせよ、もう少し流れに必然性がほしい。


 この2人を対比させるとしたら、第6話のクライマックスで直枝理樹の周りにリトルバスターズの面々が集っていても
いいんじゃないかと思う。
 僕は1人だった。だけど僕の周りには人がいた。僕を助けてくれた人たちがいた。
 君は失って1人になった。だから心を閉ざすことになってしまった。でもこれからは違う。
 僕が、僕達が君とともにあるんだ。
 ということを示すとしたら、それは1人である必要は特になくて、絵本作りから何から何まで皆の共同作業としたほうが
リトルバスターズの存在を強めることになる。
 ただ、野球をするというだけの集まりではない、ということをガッチリ示すことに繋がる。
 もちろん、今回の展開でリトルバスターズの存在を印象づけることは主眼の1つではあったのだろうけど、
それは原作の最終ルートに沿うことで成し遂げるんじゃなく、アニメの文脈で、全てを包含する予定のアニメの文脈で話を膨らませて(悪く言えば改変して)いっても良かったんじゃないだろうか。


 リトバスのアニメは第1話からどうにもおっかなびっくりしている進行が多い。
 もう少し大胆な構成をとってもいいのになぁと、ガチガチに緊張した展開になる必要もないよなぁと思う。
 まあ改変すると叩かれそうですけどね。
 

 これからどうなるんでしょうか。期待と不安が半々といったところです。