『マネジメント 務め、責任、実践』ピーター・ドラッカー(著) 有賀裕子(翻訳) (日経BPクラシックス)
20世紀の初頭に生まれ、20世紀という時代を見つめ続けた著者が最も知的に油の乗った時期である64歳時に書いた大著。
1.概要
主な内容としては、大体4点から考えられる。
- 個人としてより良く生きること
- 組織人としてより良く生きること
- 組織がより良く生きること
- 社会がより良く発展すること
の4点。ただ、個人としての面を直接取り上げてはいない。だが、個人に落とし込むことは用意に可能である。
組織人として、そして組織が、社会がという面に置いては言うまでもない。ほぼ全ページに渡って記述がなされている。
全4巻構成で、合計すると1900頁近くもなる。
それでも冗長さはなく、上記4点がどのようにあったか、どのようにあるべきか、どのように変化していくか、について凝縮された内容となっている。
内容は理論と実例に分けられる。
成功例も失敗例も含んだ豊富な実例とそこから編み出される具体的かつ説得力ある説明。実例が古めかしいことは否めないが、最新の仰々しい理論について語るのではなく、人間について語っているのだから、問題はないだろう。
よって、理論が先走って、現実から乖離することも、現実を滔々と記述してその現実をただ肯定するだけでもないバランスのとれた内容になっている。
73年当時の今後の展望も書かれている。その通りに変化したところもあれば、まだまだ変わっていないところもある。
2.感想
「面白い」としか言えない。ひたすら「面白い」のである。
読むとある特定の事柄に詳しくなれる、という本ではない。70年代から現代に到るまで理論は精緻化され、新しい理論も数々生まれている。この本を読んだとして、そういった最先端に触れることは当然できない。また、本自体もそれを望んではいないだろう。
最先端のアイディアに触れるならば、他にもたくさん本はある。アイディアを身につけたい人に取って、この『マネジメント』は酷く価値のない本に落ちる。
では、この本の価値はどこにあるかと言うと、根本の考え方や思考方法に影響を及ぼしてくれるという点だ。
ただし、ハウツー本とは全く違う。ああすればこうなる式の叙述は見られない。
著者が64年間見てきたものから考えられる在り方を提示するのみである。そこから先は読者個人で考えなければならない。
だから、ハウツーを望む方にとっても、この本は、答えを教えてくれない駄本にしかならないだろう。
最先端の理論もなく、ハウツーもない『マネジメント』。
でも、読む価値はある。それは「面白い」からだ。過去を知り、今を考え、未来を考えるきっかけを与えてくれるからだ。
そして、そこにウケてきた要因があると思う。
一部の人間にしか理解できない小難しい理論はない。何も考えることなく結論づけられた安易な考えもない。
誰でも読めて、誰でも楽しめ、考えるきっかけを与えてくれる本が『マネジメント』だろう。
小学生や中学生が読むには、ちと早い。もっと奔放に生活して良い時期だ。「責任」について考えさせるようなことをしても良いとは考えない。
だが、高校生以上なら読んでも良いと考える。先程も書いたように、小難しさがないからだ。社会について考えるきっかけになる。ただチト長いのが欠点だが。
1巻を手に取ってみて欲しい。
何か良さ気だと思ったら前に進めばいい。
「もう分かってるよこんな事」とか「当然だろ」と感じたなら切り捨てていい。そう思う人は既に書かれている内容を身につけているはずだ。
至極平凡なことをきちんと伝えている『マネジメント』は平凡な人にこそ価値を持つ。
そんな本である。
3.その他
第40章「マネジャーとマネジメント科学」は経営者・マネジャーと経営学者の関係の在り方を良く書いていると思う。
この章を読んでいて、思い出したのはマンキューの教科書に書いてあった政治家と経済学者の関係だった。
アメリカの第33代大統領ハリー・トルーマンは、隻腕の経済学者を見つけたいといったことがあるという。彼がブレーンの経済学者たちにアドバイスを求めると、経済学者はいつもつぎのように答えたからである。「一方では……ですが、他方では……となります」
経済学者のアドバイスがしばしばどっちつかずのものになることに気づいたトルーマンは、正しかった。このような傾向がみられるのは、第1章で紹介した経済学の十大原理の一つである「人々はトレードオフに直面している」という原理がその原因である。ほとんどの政策決定にトレードオフが絡んでいることを、経済学者は認識している。衡平性を犠牲にして、効率性を高める政策もあるだろう。現役世代を犠牲にして、将来世代を救済する政策もあるだろう。すべての政策決定が容易であるなどという経済学者はかえって信頼できない。
(『マンキュー経済学 1 ミクロ編』第44頁より抜粋)
これと同じことを第40章で経営者・マネジャーと経営学者(マネジメント科学)との関係に置き換えて、ドラッカーは書いている。
マネジャーは通常、最善の解決策を示すことをマネジメント科学に期待している。だが、マネジメント科学は本来、いくつかの選択肢を示すというかたちでマネジャーに貢献すべきだろう。マネジャーは次のような対応を期待すべきなのだ。
「四ないし五の行動パターンが考えられます。そのどれひとつとして完璧ではありません。それぞれリスク、不透明さ、限界、費用などを伴います。ですが、重要な要件のいくつかは満たしています。あとはマネジャーであるあなたが、このなかからどれかを選ぶ番です。このなかからひとつ、最も弊害の小さいものを選ぶのです。どれを選ぶかは、あなたの判断です。これは、会社としてどのようなリスクを取るか、という判断です。何を守りとおさなくてはならないか、何は犠牲にしてもよいか、見きわめをつけるのです。少なくとも、どのような選択肢があるかは分かっていただけましたよね」
(『マネジメント』第3巻 第332頁から抜粋)
「経営学は学問ではない」と良く言われるのは、このことを忘れているからではないかと思う。経営学は答えを出すのではなく、確かな問いを出す。答えではなく選択肢を示す。これが経営学の在り方なんだと考える。
今ひとつ経営学の本がアテにならないと思ってしまうのは、読者が答えを探してしまうからなのだろう。少し考えれば、答えがあったら生きる意味がないと気づくはずなのに。
答えを探すのは経営者であり、マネジャーであり、諸個人なはずだ。
答えのない毎日が〜と言うのは後ろ向きに過ぎる。もうちょっと前向きに考えないといけない。厳しくても。
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