『コンテンツ産業論 混淆と伝播の日本型モデル』出口弘(編) 田中秀幸(編) 小山友介(編)

 日本のコンテンツ産業とはどのような構造を持っているのか。
 現在の産業構造への観察に加え,歴史的経緯や外国との対比を通して、日本のコンテンツ産業従事者(制作者、消費者など)が形作ってきた「超多様性市場」について論じた本。


 以下では、
1.全体像の紹介
2.感想
の順で書いていく。
 「章ごとの内容の紹介と考察」も行おうと考えたが、これを書いていくと、長文化しすぎてしまうので今回は割愛する。


1.全体像の紹介
 本全体の概要に関しては、章立てを見てもらえれば分かりやすい。
 よって、東京大学出版会のHPより引用することにした。
 イタリック体や章ごとの細かい論点については、私自身で変更、付け加えたもの。


コンテンツ産業論 - 東京大学出版会

コンテンツ産業論 混淆と伝播の日本型モデル
出口弘 編, 田中秀幸 編, 小山友介 編
ISBN978-4-13-040247-7, 発売日:2009年09月中旬, 判型:A5, 384頁


内容紹介
マンガ,アニメ,ライトノベル,フィギュアなどのコンテンツは日本特有の産業構造を持ち発展してきた.それらを経営・経済学的な視点から再検討し,産業構造のもつ意味や,振興,制度的支援などの文化政策について論じる.固有の生産と流通,消費の構造を国際比較も含めて分析し,今後の方向性を探る.


主要目次


まえがき
第1部 コンテンツ産業の理論と枠組


第1章 コンテンツ産業のプラットフォーム構造と超多様性市場(出口弘)
 1.複製コンテンツ産業とサービスプラットフォーム
 2.超多様性市場とその経営経済学
 3.受け手主導で支えられる日本の文化産業
第2章 コンテンツ産業の構造と市場概観(藤原正弘
 1.コンテンツ産業の分類
 2.コンテンツ産業の構造
 3.市場規模
 4.コンテンツ利用の推移
第3章 2つのコンテンツ産業システム(小山友介)
 1.2つのコンテンツ産業システム――ハリウッドメジャー型と日本型
 2.ハリウッドメジャー型コンテンツ産業システム
 3.日本型コンテンツ産業システム
 4.まとめ
第4章 混淆が生み出す法運用問題(板倉陽一郎)
 1.コンテンツ産業と法
 2.4上流構造が生み出す法的問題
 3.製品の構造
 4.生産の構造
 5.消費の構造
 6.結語
第5章 コンテンツ産業とは何か――産業の範囲、特徴、政策(田中秀幸
 1.はじめに
 2.コンテンツ産業
 3.コンテンツ産業の特徴
 4.まとめにかえて――コンテンツ産業政策
第6章 メディアミックスの産業構造――企業間取引と製作委員会方式の役割(田中絵麻)
 1.はじめに 日本型コンテンツ産業システムとは何か?
 2.メディアミックスの産業構造
 3.配信網の多様化と製作委員会方式の拡大
 4.ブロードバンドの普及とメディアミックスの拡大
 5.まとめ――日米コンテンツ産業構造の比較にみる日本の特色


第2部 コンテンツ産業の個別構造


第7章 通信・放送融合の論点――豊かなコンテンツの未来に向けて(藤原正弘
 1.はじめに
 2.通信と放送の現状
 3.2006年は「融合」元年
 4.懇談会での両者の主張
 5.「ずれ」の論点
 6.4つのキーワード
 7.視聴者の嗜好
 8.ユビキタス時代の制度のあり方
第8章 中国の放送産業のアーキテクチャ――民営制作会社のビジネスモデルを中心に(何穎)
 1.はじめに
 2.理論的フレームワーク
 3.中国の放送産業のアーキテクチャ
 4.日本の放送産業のアーキテクチャ
 5.おわりに
第9章 ポピュラー音楽におけるインディーズの成立(樺島榮一郎)
 1.インディーズの定義,市場規模
 2.インディーズにおけるアーティストの活動の概要と分厚いコンテンツ制作環境成立の4条件
 3.制度化された新規参入の機会――ライブハウスのオーディション
 4.展示,情報共有・ネットワーク形成の場――ライブハウス
 5.開放された流通プラットフォーム
 6.個人で賄える範囲に低下した音楽活動の費用
 7.インディーズの今後
第10章 家庭用ゲーム産業の「ハリウッド化」(小山友介)
 1.日本はゲーム産業のトップランナー
 2.家庭用ゲーム産業の「ハリウッド化」と活力の低下
 3.ニンテンドーDSによる,市場構造の変化
 付表:2005〜2008年の日米売り上げトップ20タイトル
第11章 絵物語空間の進化と深化――絵双紙からマンガ・アニメ・フィギュア・ライトノベルまで(出口弘)
 1.コンテンツ産業における絵物語空間の拡散と展開――マンガ・アニメ・ゲーム・フィギュア・ライトノベルまで――
 2.絵物語ビジネスの淵源と同人活動・教育・イノベーション
 3.マンガ関連コンテンツビジネスのグローバル化
 4.コンテンツ産業の産業・文化政策
補論 秋葉原の持つ揺籃機能(小山友介)
 1.秋葉原に残る「地層」
 2.消費者嗜好の「重心シフト」
 3.秋葉原からの「卒業」
 4.コンテンツの街「アキバ」の完成と変化
 5.今後の秋葉原はどうなるのか

 以上、長々と見てもらったが、この本の特徴を大まかにまとめると

(1)マンガやアニメ、ゲームのみでなく、ライトノベルやフィギュアにも視点を広げている
(2)第1部では、日本のコンテンツ産業の構造について論じている
(3)第2部前編では、放送と通信、放送と視点を広げ、個別の問題を探っている
(4)第2部後編では、音楽やゲームにおける歴史や変化を探り、相違点や問題点を考察している
(5)最後に再び、本書で掲げられている4上流+1であるコンテンツ産業(マンガ・アニメ・ゲーム・ライトノベル・フィギュア)について考えている

となるだろう。
 本書の提示する考え方としては

(1)日本のコンテンツ産業は現在「超多様性市場」にあり、全体の市場規模は縮小しているものの百花斉放のコンテンツ創作が見られ、極めて豊かな状態にあるとも考えられる
(2)R&Dではなく、ユーザー参加型の創作と評判(Creation & Reputation)の相互作用に依拠する創造プロセスが行われることで、単に売れ筋を提示するだけではない、新しい面白さを作り出していくことが出来ている
(3)流通や通信、出版、編集など産業のプラットフォームとそれが生み出すサービスが利用しやすい状態にあり、そのサービスを用いて個人の作品を発信するのが容易になっている

というところである。
 もちろん、法的な問題やメディアミックス、通信・放送融合問題など他の論点も幅広く取り扱っているものの、主要な考え方としては上記3つだろう。


2.感想
 新しい発見は少ないが、コンテンツ産業に対する思考の整理には役立つ本。
 300頁を超える本であるが、ほぼすべてが現状の認識、過去から現在までの発展への理解に焦点が当てられており、その点で「このような考え方は持っていなかった!」と言えるようなものはあまり含まれていない。
 しかし、今までボンヤリとコンテンツ産業について考えていたことが、文章に落とし込まれているため、考え方を明確にしていくには有用な本と言える。
 更に、コンテンツ産業ではなく、コンテンツ自体を考察する人文科学的な本が多い中で、コンテンツ産業(とその構造)について考えている学術書物という点で稀少価値があるだろう。
 日本のコンテンツ産業の構造における問題提起もなされており、新しく論点を見つけることについても有益である。


 一方で欠点もある。
 1つ目は、産業構造への現状認識に偏っているため、個別の論点を拾い上げず、現状肯定的な面が出てしまっていることが多い点である。
 もちろん、通信と放送の現状や産業政策・文化政策への問題も挙げられてはいるものの、これらはあくまで構造への問題提起であり、現在ある具体的な、一人ひとりに密着した問題ではない。
 例えば、個別の問題――アニメーターなどコンテンツ制作者の待遇――に対し、この本ではそれほど多く触れていない。
 2つ目は、第2部にある。「コンテンツ産業の個別構造」とあるが、並んでいる章を見ると、通信と放送の融合や放送産業、音楽、ゲームと並んでいる。ここには違和感がある。
 最初に4上流メディアとして挙げられたのは、マンガ・アニメ・ゲーム・ライトノベルである。個別構造というならば、これら4つを分析するのかと思いきや、個別構造の章で挙げられたのは殆どが異なっている。
 言うまでもなく、挙げられた論点が悪いわけではない。コンテンツ産業のプラットフォームに関わる論点であり、重要なものだ。それでも、違和感はある。最終章で大きく取り扱っているものが、まとめられてしまっているのが何とも惜しいと思う。
 3つ目は、所々扱っているデータが古い。特にアニメでは2006年のデータを用いているため、今とは多少異なる現状を分析してしまっている。
 4つ目は、下らないことだが、誤字脱字が多い。せっかく出す本ならばもう少し校正して欲しかった。


 総括すると、産業としてのコンテンツを調べていくきっかけには使える本である。
 コンテンツ産業とはどんなものだろうかというのを知りたい人、考えてみたい人は手にとっても損はないだろう。


 ここからは極めて個人的になるのだが、本屋で見たときはこんな本が出てたんだなぁという驚きがあった。
 かねてより、経営学的な視点でアニメやらマンガやらを解説している本なんてないかなぁと思っていただけに、まさに「ビンゴ!」であった。読み進めると、新たな驚きは見つからなかったが、構造やその問題について考えを整理するには使える本だと思う。
 「超多様性市場」や「C&R」などという概念は、曖昧模糊としていた考え方を明確にするには良かったし、雑誌ってやっぱり儲かってねぇんだなあという理解も得ることが出来た。
 基幹本として使いつつ、更に参考文献に手を伸ばしていこうかなと考えている。考えているだけなのが何ともダメダメであるが……。


 ということで、以上になります。ではでは。

コンテンツ産業論―混淆と伝播の日本型モデル

コンテンツ産業論―混淆と伝播の日本型モデル