『ToLOVEる -とらぶる-』SS「多災訓練?な9月1日」

 <前書き>
 終わりました。To LOVEるSSの第6弾?です。
 今回の話は、二学期の始まる日、要するに9月1日の話です。
 当初では、そこまで長くなる予定は無かったのですが……、あのエピソード、このエピソードと加えていくうちにこんな話に。
 だから、最初のプロットでは、引き取り訓練して終わりだったのが、やたらと大変な話になってしまいました。
 美柑話だったのは最初と最後で、途中の部分はいろんなヒロインに話が行ったり来たりしています。
 でも、やっぱり美柑回ですね。新田先生も出てきたし、名前の無い同級生も出てきたし。
 今回は15000字ぐらいです。かなり長くなってしまい、申し訳ありません。
 読んでいただければ幸いです。


 では、どうぞ

 「わりィ、リト。代わりに言ってくれるか」
 夜、自室で漫画を読んでいるとき、携帯電話の着信音が鳴った。画面を開くとそこには「親父」と書かれている。何かあったのかと電話に出てみると、前振りも無く才培が頼みを切り出したのであった。
 「オイオイ、親父。一体何のことだよ」
 突然の頼みごとに、リトはただならぬ気配は感じ取ったが、一体何のことだか見当もつかない。だからすぐ切り返した。
 「明日、美柑の学校で引き取り訓練あるだろ。お前もやっただろ。あれだあれ」
 「ああ、あれのことね。でも俺だって明日学校あるんだぜ」
 「ん〜〜、終わんの何時ぐらいになる?」
 「まあ、10時には終わんじゃねーのかな。ウチの校長やる気無いからな。こちらとしちゃあ、助かるけど」
 「それなら、小学校には1時間も掛からんだろ。だったら大丈夫だ、頼む。今度小遣い弾むからさ」
 受話器を握りながら、僧侶が托鉢を受けた際に、右手で行うようなジェスチャーをして、いかにも頼むといった感じの親父が想像できた。
 こうなると、生来のお人よしであるリトに断る手段はないし、本人もその気はさらさら無かった。
 「わかった。小遣いのことはどうでもいいけど、引き取りにいけばいいんだな」
 「ありがとーな、リト」
 「いいよ、親父。で何か問題でもあったのか?」
 「単行本の直しと、原稿2つが明日締め切りでな。かなり進捗が遅れちまった。その上……、一つ仕事が予定表に入ってなかった」
 「……そっか、了解。他には何かあるか?」
 「そうだな……。いつも先生に迷惑掛けてっからな。できれば、お礼というか、お詫びというか、何か持っていって欲しい」
 その時、リトの脳裏にある記憶が思い起こされた。美柑の担任、新田先生は確か親父の漫画のファンだったという記憶だ。以前家庭訪問の際、そんなことを聞いた覚えがある。
 そして、その時なぜだかイチゴの記憶があった。ただ、こちらは定かではなかった。「何だったかな? イチゴ……」とリトは思うのだった。
 とりあえず伝えるため、リトは話し始める。
 「あ〜親父。仕事部屋にサインの一つか二つぐらい転がってないか? それ持ってくこよにするよ」
 「探せばすぐ見つかるけど、そんなもんでいいのか?」
 才培が聞き返してきた。至極当たり前のことだった。漫画が好きかどうかも分からない人に、わざわざサインなどもって行く人間は逆に失礼に当たると考えたからだった。
 「大丈夫大丈夫」
 「ホントか?」
 「ホントホント」
 「分かった。そっちは探しとく」
 「OK。明日小学校行く前に寄るよ」
 「んじゃ、切るぜ。あと、美柑にすまないって伝えといてくれるか。もう寝てると思うし。メールでも伝えておくけどさ」
 「了解。仕事頑張ってな、親父」
 「オウよ。じゃな」
 声と同時にツーツーツーと単調な音がリトの耳に届く。パチリと携帯を閉じて、机の上に置いた。
 「明日、美柑に言っとかないとな。いつもより早く起きることにするか」
 目覚まし時計を普段より15分ほど早くセットして、リトは眠りにつくのだった。


 明くる朝である。
 クリーニングされ、パリッとした清潔な制服に袖を通し、リトは食卓へと向かう。
 洗面所からは洗濯機の回る音がした。すでに脱水を始めているようだった。
 「おはよー、美柑」
 食卓にはいつもと変わらぬ朝食が並んでいた。こういった始まりの日にはいつも美柑はこのメニューを用意する。
 美柑が言うには、一番作りなれた食事ということだ。
 加えて、「それに……」と続けるが、いつも言葉を濁らせる。何度か「どうして」と質問を送ってはいるものの、「内緒」と一刀の下に切り捨てられる。
 まあ、何かしらいえない理由みたいなものはあるものだと思う。だから、リト自身もそれ以上詮索することはしないのだった。
 「おはよ、リト。今日は早いねぇ」
 流し台から振り返り、美柑が答えてきた。すぐに流し台へと振り直り、調理用具を再び洗い始めた。
 「学期初めだしな。ちょっと気合入れてきましたってとこだ。そういうお前こそ、一体何時に起きてるんだ?」
 リトが椅子に座りながら、話を進める。美柑は振り向きもせず、シンクの横にフライパンや片手鍋を重ねていきながら返事をした。
 「いつもと変わらないよ。ずっとこの生活だからね」
 「それで、洗濯も終わりかけ、食事の支度も終了、って……。やっぱスゲーなぁ」
 水を止め、タオルで手を拭く。片手鍋と食器を拭くふきんを手に取り、美柑はようやくリトに身体を向けた。
 「慣れだよ。慣れ。なんなら朝一緒にやる? いつまでも私がお世話できるわけじゃないからね。そうだね、炊事洗濯など家事全般をマスターした高校生を目指してみるとか」
 「あと5年は大丈夫だから、今はいいや」
 苦笑しながら、美柑が言った。その手は休むことなく、今度はフライパンを手にとって拭き始める。
 「向上心が無い兄を持った妹は不幸だねぇ。私が、朝帰りーとかになったらどうするんだか」
 「そん時は、朝まで腹を空かして待ってます」
 「だめだこりゃ。私もすぐ終わるから、先食べてていいよ」
 「了解。んでは、先いただきます」
 「どうぞどうぞ」
 リトが箸を手に取り、ズラリと並んだ朝食に取り掛かる。今日もお味噌汁が温かかった。
 美柑も戸棚に調理道具を片付け、椅子に座り、食事を始める。
 「あ、そうそう。今日俺が引き取り訓練行くから。よろしくな」
 「うん。分かってる。父さんからメール入ってからね」
 「親父がすまないってさ」
 「こればかりはしょうがないよ。ま、逆に良かったっていうのもあるけどね」
 「どうして?」
 「ほら、父さんがいたら、色々面倒でしょう。昨年も聞かれたしね。父さんが来るのかって、特に男子がたくさん」
 「あー、そういうことか……」
 才培が著名な漫画家だということ、特に小学生から中学生の男子に人気のある漫画を描いていることはよく知られていた。だから、そんな美柑の父親が無闇に顔を出したら、それはそれで面倒なことになるというわけだった。
 「でしょ。だから、授業参観やら保護者会やらほとんど出席できてないけど、それはそれでいいんじゃないかなって」
 「そうだなぁ……。俺が小さいときはまだそんなでも無かったからな。今となっては厳しいよなあ」
 「これでみんなも安心して、親と一緒に帰れるってことで。私もさっさと家に帰れるし、良かった良かった」
 良かったと結論付け、笑っている美柑。ただ、その笑顔がどうも半分諦めたように見えるとリトは勝手に思うのであった。
 「おっはよー、美柑! リト!」
 「おはようございます。リトさん、美柑さん」
 ララが元気に部屋へと入ってきた。次いでモモも姿を見せる。
 「おはよう、ララ、モモ」
 「おはよっ、ララさん、モモさん」
 リトたちも挨拶をする。ララはすでに制服を着て、モモも私服に着替えていた。
 「ナナは?」
 「まだ寝てます。ゆうべも夜まで色々やってたみたいで。リトさん、ずいぶんパリッとした服装ですね。美柑さん、横座らせていただいてもよろしいですか?」
 美柑が肯くと、モモは椅子を引いて、ゆったりと腰掛けた。
 「新学期だからな。まだまだ制服も綺麗なまま、どうせすぐ汚れるんだけど」
 「いただきまーす」
 ララの元気な声が部屋に響く。朝のゆったりと、悪く言えばのっぺりした空気を瞬く間に入れ替えるような、そんな声だった。
 「そういや、ララの服って汚れたりしないのか?」
 「ん〜〜。汚れないってことは無いけどね。ね、ペケ」
 「ハイです、ララ様。リト殿、決して汚れないということはございません。空気中に舞う砂埃などが付けば、当然反映されて汚れます。通常、繊維を再構成することで除去できるのですが、ある程度を超えた場合、二つほど手段を用いて除去を行なっております」
 「へ〜、ちなみのその二つの手段って」
 「単純です。一つはララ様がお休み中に独自に作られたクリーンルームに入って洗浄を行なっております。そして、もう一つは、以前私の人型をご覧になられたと思いますが、あのままお風呂に入り、流しております。まあ、大抵はクリーンルームで済ましております。私としても、そのほうが楽ですしね」
 「そんなことやってたんだなあ……」
 「私も初めて知ったよ……」
 「ご苦労様、ペケ。美柑、今日もおいしいねぇ」
 「ありがと、ララさん」
 美柑が返答すると同時に、リトが手を合わせて声を出した。
 「ご馳走様、美柑」
 「お粗末様」
 食器をまとめ、リトが立ち上がって流しまで運ぶ。
 「食器どうしようか。洗っとくか?」
 美柑が、自分で洗うと答えようとすると、モモが間に入ってきた。
 「いえ、私が洗わせていただきます。美柑さんにご馳走にもなっていることですし。お姉さまも、美柑さんも食べ終わったら置いといてくださいませ」
 「いいの? モモさん」
 美柑が訊ねる。モモは優美に微笑んで返した。
 「もちろんですわ」
 「ありがとな、モモ。じゃあ水に漬けて置いておくから」
 「はい、承りました」


 「じゃあ、モモ。行ってくるね〜〜」
 「あと、よろしくな」
 「お願いね。モモさん」
 リトたち三人は思い思いに声を掛ける。
 「はい、皆さん。いってらっしゃいませ。セリーヌさんもほら、バイバイね」
 「ま……、まうま〜〜〜」
 モモがセリーヌを抱き上げながら、手を振って見送る。セリーヌは寝ぼけ眼のまま、左手で目元を擦りながら、右手でヨロヨロと手を振っていた。
 リトたち3人は、手を振りつ振りつして、門扉を開け、通りへと出て行くのだった。
 しばらく歩くと、少し大きな通りに出る。ここで、リトたちと美柑は別れることになる。
 「じゃあ、なるべく早めに行くから」
 リトが美柑に声を掛けると、美柑はジロジロとリトの顔や身体を見ていった。
 「ま、早めに行くのはともかくとしても、身なりはきちんとした格好で来なさいよ。現状、人前にたつにはちょっとだらしが無いからね」
 「……そっか?」
 「一応制服なんだから、TPOをわきまえた方がいいわよ」
 「ああ、そういやそうだな。気を付ける」
 「OK。じゃあね、ララさん、リト」
 「おう」
 「じゃあまた後でね〜、美柑!」
 フリフリと左手を振って、美柑は横断歩道を渡っていった。
 「んじゃ、行くか」
 「うん!」
 リトが歩き始めると、タッと追いつき、ララが横に並んだ。そのまま、二人は横並びに歩く。
 「なあ、ララ。俺の格好だらしないかなぁ」
 「ん〜、どうだろね〜〜。男の人のファッションは良く分からないからなあ。そうだ!」
 「何?」
 「美柑が、きちっとした格好で来たらって言ってたし、デビルーク星の正装をしてみたらいいんじゃない!?」
 「謹んでお断りしとく」
 一言でバッサリと切り捨てる。
 リトの頭に思い浮かんだのは、以前地球に来たララの父親、ギドの服装、そして、ザスティンの服装だった。「逆にどう見ても、不振人物以外の何者にも見えなくなるだけじゃないか……」とリトは思った。
 「え〜〜、リトなら似合うと思うんだけどな〜〜。ねぇ、ペケ」
 「ララ様のおっしゃるとおりです。リト殿、物は試しと申します。着てみては如何ですか」
 「――ハァ……」
 ここらへんはまだまだ埋め合わせていきたいな、とリトは痛烈に感じるのであった。


 「細かいことは抜きにして一言だけ、二学期も君たちの頑張りに期待しています。私も、君たちに負けず、職務に励んでいきたいと考えます」
 始業式の校庭、校長の話はホンの20秒で終わった。
 突き出た腹で風を切るように、校長は壇上から降りていった。
 「なあ猿山、毎度毎度思うけどさ。ウチの校長、ホントやる気ないな。あれで教育委員会やら、保護者会から抗議がこないのか」
 「まあ、ここらへんの空気の読みっぷりが、高い支持率に繋がってんじゃないの」
 ボケーっと突っ立って、前を向きながら、リトと猿山が話す。
 高い支持率というのは、校長の信任投票みたいなのが毎年行なわれている。その開票結果で毎年、大体70%の信任を獲得しているらしい。男子は基本信任であるが、何と女子も半分は信任している。
 校長の行動から考えれば、女子からは不信任票を投じられてもおかしくないはずだ。しかし、何かと緩い校風など様々な理由も相まって、女子からも半数ほどは信任を得ているのだった。女子としても、校長がいなくなることによるメリットとデメリットを比較衝量して、デメリットを重視する人間が結構いるのであった。
 「それでは始業式を終わります。生徒の諸君は教員の指示に従って、順に校舎へと入ってください」
 教員Aの声を聞いて、生徒たちが一学年ずつ校舎へと戻っていく。
 結局、始業式は10分で終わった。
 そして、リトのクラスにも順番も回ってきた。
 「んじゃ、俺たちも戻ろうぜ」
 ポケットに手を突っ込みながら、だらだらと校舎へと向かう。
 その時だった。
 「ぬわっ!」
 ドンと思いも寄らぬ方向から背中が弾かれた。リトは思い切り前に吹っ飛ばされる。
 「おあわっ、っとと!」
 手でバランスを取ろうとするも止まらない。そのまま、前にいた人間の背中にぶつかり、一緒に倒れこむことになった
 「きゃっ!」
 「のわっ!」
 ドシャリと倒れる二人、その時、リトの両手は何かをつかんでいた。
 二人の周りに砂埃が立ちこめる。リトは目に砂が入りそうだったので、目を瞑った。
 「っと……、何だろ」
 暗闇の中、リトが両手をフニフニとまさぐる。
 「これは……ひょっとして……いつも……の?」とリトは一瞬で感じ取った。
 目を開く。両手が見える。両手に抱えていたものも見えた。
 二つの丸い山だった。今は、服に覆われて谷間が隠され、なだらかな稜線となっていた。
 「あ……」
 リトの顔が真っ赤になる。同時に顔を視界に捉える。
 顔を赤く染め上げ、わなわなと震えている少女の顔が映った。
 「結城くん……」
 「こ、古手が……わ?」
 「あなたって人は……新学期早々から……」
 「こ……これ、ブオはッ!!」
 「問答無用!!」
 左の肘が一閃! リトの人中に突き刺さる。
 あえなくリトは吹っ飛んでいき、唯の横に転げるのであった。
 猿山が仰向けになったリトの顔を覗き込みながら、喋りかける。
 「リト、お前も新学期初っ端から……ツイているのかツイていないのか分からんな」
 「絶対……ツイてない……」
 リトは声も切れ切れ答えた。
 「だがな、リト。俺は、今さっきのお前が凄く羨ましいんだ。だから手は貸さない。じゃあな、リト。アディオス」
 「なんだよ……それ……」
 ララと春菜が駆け寄るまで、哀れリトは里沙未央に視姦され続けていたのだった。


 「あら、起きた?」
 目を開けたリトを見て、一人の少女が話しかける。ついさっきの記憶にきっちりと刻み込まれた顔が目に入った。
 「エッ……、古手……川?」
 リトはバッと跳ね起きる。辺りを見渡す。
 「保健室か……」
 「そうよ。さっきのあの件で気絶しちゃったから、ここに運び込まれたの」
 「ゴ、ゴメン! さっきの事はホント……、ゴメン」
 リトは先ほどのことをキッチリと思い出した。唯に対して、思い切り頭を下げる。
 「もういいわ……。逆にちょっとやりすぎちゃったみたいで……、結城くん、ごめんなさい」
 目線をリトから逸らしつつ、唯は申し訳なさそうに口を動かした。その頬には朱が入っていた。
 「……」
 「……どうしたのよ」
 ジロリと唯はリトをにらんだ。リトは、予想外の唯の言葉に反応できていないようだった。
 「い、いや……なんでもない。そ、そうだ!! 古手川、今何時!?」
 ツイッと身を乗り出して、唯に時刻を尋ねる。
 唯はたじろぎつつも、腕時計の文字盤を見て答えた。
 「10時ぐらいだけど……」
 「マジで! ヤバッ!」
 掛け布団を前に投げ出し、リトはベッドから降りる。
 「ど、どうしたの!?」
 「妹の学校行かなきゃいけないんだ。荷物取りに行かないと」
 「ま、まって。結城くん、そのままじゃ……」
 なぜか今度は、唯の顔が充血して張り裂けそうなぐらいになっていた。
 手を伸ばしながらも、目を瞑っている。懸命に何かを示そうと、リトの体全体を指差しながら手を上下に振っている。
 「へっ?」
 リトは、自分の姿を顧みた。シャツにパンツ、家の中でさえあまりやらなくなった究極のダラケスタイルであった。
 「なっ!?」
 周囲をもう一度見渡してみる。ズボンとYシャツがハンガーに掛けられ、カーテンレールに吊り下がっていた。
 「ど、どうしてこんなことに……」
 「御門先生が、そのまま寝かすと汚すぎるからって脱がせたらしくて……」
 「先生が!?」
 「それと……ララさんが。土埃を払って、また渡そうってことになってたんだけど……。とにかく結城くん! 早く着て!」
 「ご、ゴメン。のわっ!!」
 リトは、急いで唯の脇を通り、制服に向かおうとした。しかし、足元がお留守になっていたため、床の上履きに気づかなかった。そして、上履きに足を滑らせ、唯に向かって覆いかぶさるように倒れこんだ。
 ガチャンと椅子が倒れる音が部屋に響き渡る。
 「っ痛……。古手川、大丈夫……。っ!!」
 リトは自分の右手を見た。唯の左手首を押さえていた。
 リトは自分の左手を見た。唯の右手首を押さえていた。
 リトは自分の右膝を見た。唯の両太ももの間に位置し、スカートで見えなくなっていた。
 そして、リトは正面を見た。仰向けになった体、微妙に身体をくねらせており、妖艶と言う他に無かった。顔を見ると、口をキュッと閉じ、頬は朱に染め上げられ、ちらりちらりと横目でこちらを見ていた。
 「へ……?」
 「……」
 「……」
 リトは頭がフルに働いていた。意味の無い言葉計算式化学式漢字人名物件名今日の料理……。まさに混乱しているといってよかった。だから、動けなかった。
 その時だった。
 「しっつれいしまーす!」
 ガラリとドアの開く音がした。同時に、
 「キャーッ!!」
 ドゴンと膝が蹴り上げられた。リトではない。もちろん唯のだった。
 膝は股間に入り、もっとも繊細な部分を直撃した。
 リトは、一瞬何が起こったのかわからなかった。下を向いた。そして、認識した。
 直後、痛烈な痛みが体全体を駆け巡った。リトは飛び上がり、そして思い切りかがんだ。
 「どうしたの……!」
 ララと春菜が駆け寄ってきた。しかし、そこにいたのはベッドに腰掛けた唯と、脂汗を垂らしながら立ち上がり、ノソノソと制服を着始めたリトであった。
 ギリギリ、二人に観測されることは免れたのだった。
 「だ、大丈夫……、結城くん……」
 さすがの感触と一応耳に挟んだことのある知識から、唯は心配になって声を掛けた。
 「だいじょうび……、ダイジョウビ……」
 とても大丈夫ではなさそうな声がリトから漏れ出たものの、問題ないといっているため手出しは出来なかった。
 「結城くん……、何かあった?」
 「お、俺が勝手にすっ転んで思い切り体を打ちつけただけだから……。西連寺……、もう授業は終わったのか……」
 「う、うん」
 「そ……、そっか。あと今何時かな……」
 「10時10分前ってとこだよ」
 「アリガト……」
 「リト……、これカバンだけど……」
 「ララ、届けてくれたのか……。スマン」
 リトは手を伸ばし。差し出されたカバンを受け取った。
 「いいけど……、本当に大丈夫?」
 「大丈夫……だから、ゴメン。三人とも2分くらいちょっと向こうに行っててくれるか……」
 リトの発言を聞いて、ララ、春菜、唯の三人はカーテンで隔てられた隣のベッドに移ろうとした。
 「そうだ……、古手川……」
 唯だけを呼び止める。
 「な、何?」
 「気にすること……無いから。また、ゴメンな」
 「う、うん……。こちらこそゴメンなさい」
 「ああ……」
 唯の言葉を聞いたリトは、苦渋に染まりかけながらもニッコリと笑って返すのだった。


 結局、5分ほど経ってようやくリトの痛みは治まってきた。
 まだジンジンと痛むが、動けないほどでは無くなっていた。
 「リト、大丈夫?」
 「ああ、もう大丈夫。それよりもさっさと美柑を迎えにいかねーと」
 「美柑を?」
 「そういや、ララには話してなかったっけ。今日は防災の日って言って、小学校では引き取り訓練をやるんだよ。ただ、親父がどうしても離れられないから、代わりに俺が美柑を迎えに行くことになってさ。」
 ララに事情を説明すると、春菜や唯も話してきた。
 「そうね。うちもお姉ちゃんが迎えに来てくれたこともあったな」
 「私の家も、兄が迎えに来たわね」
 「ふーん、そんなことやってるんだー」
 「まあ、やってるのはこの国ぐらいだろうから、それほど世界的、宇宙的な話じゃないさ。んと、じゃあララ、西連寺、古手川、今日はアリガトな。親父の家も寄らなきゃいけないし、急いでるからここで失礼するよ。それとあと、頼んでいいかな」
 「そっか、じゃあね結城くん」
 「ええ、やっておくわ」
 「おう! じゃな!」
 リトが保健室から駆け出していった。あとには三人が残された。
 「えっと、私は保健室片付けて、御門先生に報告してから帰るけど」
 唯が切り出した。何だかんだあって、色々トッ散らかっている。片付けてから帰るのが道義というものだろう。
 「古手川さん、私も手伝うね」
 「ありがと、お願いするわ。西連寺さん」
 「ララさん? どうしたの?」
 ララがんーと考えていた。春菜が声を掛けると、ちょうど思いついたのか声を上げた。
 「そうだ!」
 「どうしたの?」
 ララは春菜と唯に顔を向け、元気よく言った。
 「私、リトの手助けしてくる! じゃあまた明日ね〜。春菜、唯」
 「うん、ララさん、また明日ね」
 「えっ、ちょっと!」
 唯が呼び止めるのもむなしく、ララは一目散に廊下を駆け出していったのだった。
 シンと静まり返った保健室に春菜と唯の二人が残された。
 「じゃあ、古手川さん。片付けましょうか」
 「え、ええ……」
 こうして残る二人も作業に取り掛かった。


 「っと……、っ痛……」
 元気よく駆け出してみたはいいものの、やはり普通に走るとちょっと辛い。ので自然とヒョコヒョコとがに股の妙な走り方になっていた。
 下駄箱でポイポイと靴を履き替え、校舎を飛び出す。
 校門と校舎の中間に差し掛かったところで、後ろから大きく呼び止める声がした。
 「リト〜〜」
 リトが足を止めて振り向くと、手を振ったララがとんでもないスピードで駆け寄ってきた。それでいてギュッと目の前で止まる。
 「どんな制動能力だよ」とリトは心の中で呟くのだった。
 「で、どうした。ララ」
 「リトの手助けをしたいと思って。えっとね……、これ」
 ララがデダイヤルを叩くと、ボワンと一つの道具が現われた。
 「これは……、なんかこの前使ったけど、名前は聞いてなかった気がする」
 ララが出したのは、ジェットエンジンが付いた機械だった。第162話で出てきた代物だ。
 「んと〜〜、まだ決めてなかった!」
 「そっか。まあ、お断りするぞ。この前使った感じだと場所指定も出来ないし、何よりも一直線に進むしか脳がないみたいだしな。あと、危険だし」
 「問題は解決済みだよ、リト! だから、はい、着けて着けて」
 「ちょ、おいやめろ!」
 「ほほい、のほいっと。場所はリトパパの仕事場でいいんだよね」
 あれよあれよと言う間に背中に取り付けられた。リトは外そうと試みるも、取り外すことは出来なかった。
 ララがデダイヤルで設定を打ち込んでいく。親指のスピードも中々のもんだなあとリトは嘆息していた。
 「って、や、やめ!」
 「それじゃ、レッツゴー!」
 時遅く、ララはすでに目的地を入力し終えていた。そして、ポチッと最後のデダイヤルのボタンを押したのが見えた。
 エネルギーが集束して、キュイイイインと大きな音が響く。突如、ドンと大きな音が鳴り、リトは瞬く間にすっ飛んでいった。
 「ひ、ひぃぃぃぃ!!??」
 「いってらっしゃーい」
 校門を曲がり、すぐに見えなくなる。ララは、デダイヤルのナビ機能を照会し、目の前にシュインと地図を浮かび上がらせた。
 「ララ様、これは中々上手くいっているのでは」
 「そうだね。道なりに進んでるし。前回の欠点は改良されたんじゃない?」
 「前方の大きな障害物を避ける機能も付いておりますし、リト殿の……。ところで……ララ様、止まるための機能はお付けになられましたか?」
 ペケの質問に、ララがピクリと固まる。
 「あ……」
 「……おいたわしや、リト殿……」


 景色が、見慣れた景色が後ろへとすっ飛んでいく。低空で車と車の間をすり抜け、道路上を駆け抜ける。
 「こんな体験を街中で出来る人間は、めったにいないだろうなあ……」とリトは考えた。
 「でも、体験したくねぇェェェーーー!!!!」
 叫びもむなしく、ジェットは止まることなく、その動きを一層強めていった。
 大通りから、小道に入る。ここから、二、三回曲がれば才培の仕事場に到着する。
 と、その時だった。目の前に人影が見える。
 「ヤ、ヤミ!?」
 瞬時に何者かは分かった。しかし止まる術は無い。
 リトはそのままヤミを巻き込まざるを得なかった。リトはヤミを思い切り抱きしめた格好になって、飛び続ける。
 「ど、どうして避けねぇんだよ!」
 「この前も言ったでしょう。あなた如きに道を譲るのは屈辱だと」
 「だからって……」
 「ところで結城リト。これはどこまで行ったら止まるのでしょう」
 「えっと、親父の仕事場だから、この道を曲がったとこだ!」
 「そうですか」
 ヤミが答えると同じくして、最後のコーナーを曲がる、左手に才培の仕事部屋が見えてきた。
 すると突然、エンジンが止まった。
 「えっ!?」
 リトが背中を見ると、さっきまで強く唸っていたエンジンはうんともすんとも言わず、沈黙に陥っていた。
 しかし、先ほども言ったようにブレーキは無い。そのため、慣性のままに飛び続ける。
 「止まんねぇェェェ!!!」
 「結城リト、あの家の前で止めればいいのですか?」
 「へ?」
 ヤミが視線を送ったところを見る、その視線は確かに正しい場所を捉えているようだった。
 「あ、ああ。だから頼む! ヤミ!」
 「ええ、分かりました」
 闇は足元をトランスさせて、地面と擦り合わせる。一緒に背中から羽をトランスし、体全体も制動させ、慣性を止めようとした。
 ガリガリガリと大きな音が鳴り続ける。リトは腕にチカラをこめ、ギュッと目を瞑った。
 そして、止まった。
 「と、止まった……」
 「……」
 「ありがとな、ヤミ。って!?」
 リトはようやく気づいた。背中を回した右手、お尻をつかんだ左手、そして顔は……ヤミの胸元にあった。
 「結城リト……」
 「ご、ゴメンなさい!!」
 慌てて、パッと離れる。リトは、痛烈な一撃が来ると考えて、目を閉じて身構えた。
 だが、いつまで経っても攻撃はこなかった。
 「何してるんですか?」
 「へ……? な、殴らないの?」
 目を開くと、ヤミがボーっとこちらを見ていた。その様子を見て、リトは構えを解いた。
 「……結城リト。あなたは私をなんだと思ってるんでしょうか」
 「たびたび申し訳ない……」
 「用事があってここに来たのでしょう。さっさと済ませてきたらどうですか。それからの話です」
 「あ、そうだ! すまん、じゃあ行く」
 リトは駆け出した。体の痛みなど遠くに置き去っていた。


 才培からサインを受け取り、カバンに仕舞う。
 そのまま階段を駆け下りて、再びマンションの前に出た。
 すると、そこにはまだヤミがいた。文庫本を広げ、リトが出てくるのを待ち構えているようだった。
 「あれ? どうしたんだ? ヤミ」
 「ええ、あなたはこれからどこへ?」
 「美柑の学校だけど?」
 「そうですか。それは予想通りですね」
 「へ、何でお前が?」
 「早朝、あなたの家を伺ったところ、美柑がそのように話していました。それにここまでで、何組か家族連れを目撃しています。ですから、あなたもその類に漏れずに、これから学校へ向かうと考えたのです」
 よく見ると、ヤミの持っている本に探偵小説っぽい題名が付いていた。近頃のお気に入りなのだろう。
 「それで、どうして……」
 「私が送り届けてあげましょう」
 文字に落とすと優しそうな台詞である。しかし、リトはすぐに気づいた。なぜなら、後ろで蠢くトランスした髪の毛が、どう見ても握りこぶしであったからだ。
 「ヤ……、ヤミ。ひょっとして……」
 「大丈夫です。学校の座標位置は把握しています。それに、お代も特にいりません。先ほどの貸しがありますから」
 ゴゴゴとヤミから発せられる空気が変わる。一撃直送の配達人……ではなく、一撃必倒の暗殺者の空気であった。
 「ちょ、タンマ。おねが……」
 「問答無用」
 トランスさせた握りこぶしがリトの全身を直撃する。リトは空へと舞い上がり、放物線を描いて飛んでいった。
 「ふむ、こんなものでしょうか」
 飛んでいくリトを見送ったヤミは、トテトテと歩き出し、その場をあとにした。


 ドガッ、バキッと音を立てて地面を転がる。ゴロゴロと何回転もしたのち、ようやく停止した。
 「ふー、何とか助かった……」
 ムクリと何事も無かったかのようにリトは起き上がった。当たり判定が良く分からないのはさすがであった。
 「時間は……」
 10時30分の少し前であった。どうやら間に合ったようだ。
 「その前に一応服装を整えてっと……」
 服を着なおし、髪形も乱れていないか確認する。カバンの中身も調べる。どうやら全部無事のようだ。
 「んじゃ、行くか」


 「美柑ちゃん、お兄さんと連絡取れる?」
 「と言われても、ウチの学校、原則携帯禁止だったはずじゃ……」
 「あ、そうだったわね」
 美柑は教室内を見渡した。美柑の学校もかなり始業式を簡略化しているため、1時間目終了後すぐに引取りが始まっており、すでに1時間が経過したことになる。
 クラスの人数は30人あまりとさしてマンモス学級でもないため、美柑を除いた全員の引取りが完了していた。
 ということで、残されたのは美柑と新田先生のみなのである。
 「それにしても、やっぱり良かったですね。男子勢も大人しく帰りましたし」
 「ん〜〜。私はちょっと残念だったなぁ。せっかくコミックスを一部持ってきたのに……」
 「生徒の前で漫画を出しますか、普通……。と、何か音が聞こえますね」
 タッタッタッと廊下から足音が聞こえる。
 「ひょっとして着いたかもしれないわ」
 「先生、漫画仕舞って」
 「あ、ああ、そうね」
 晴子はアセアセと袋の中に漫画を放り込んだ。
 「っと、ここかな。お、いたいた」
 リトが姿を現した。
 「失礼します。あ、お久しぶりです」
 「? 以前どちらかでお目にかかりましたっけ」
 「え?」
 「ちょっと、リト!」
 「な、何だよ」
 美柑がリトに歩み寄り、耳を引っ張った。仕方なしにリトは腰を落とすと、美柑が耳打ちしてきた。
 「あんた、以前の家庭訪問は父親役だったでしょ」
 美柑の囁きを聞いて、リトは思い出した。そういえば、あの時会ったのは親父の代理としてだったなと。
 「あ……」
 「あの〜、美柑ちゃんとお兄さん」
 晴子が不思議そうに二人を見ている。リトは慌てて、さっきの発言を訂正した。
 「いや、何でもありません。俺の勘違いだったみたいです」
 「そうですか……。では、改めて、担任の新田です」
 「あ、はい。こちらこそいつも妹がお世話になっています」
 二人とも頭を下げて挨拶する。美柑はやれやれとばかりに、ほっと息をついた。
 「それと……、こちらですが父親からの預かり物です」
 ゴソゴソと取り出したのは、一枚の色紙だった。
 「こ、これは?」
 「散々ご迷惑を掛けて申し訳ないと、伝えて欲しいとのことで」
 「は、はい。ありがとうございます!」
 晴子が、かしこまって受け取る。色紙に描かれた絵とサインを見て、パアッと目を輝かせた。そして、胸元にしっかりと抱き、ニッコリと笑って話す。
 「大切にしますとお伝えください」
 「そ、そうですか。分かりました」
 晴子のあまりに邪気の無い笑顔に、リトはなんだか恥ずかしくなった。
 「……何、恥ずかしがってるのよ」
 美柑がリトをじっとりと睨む。
 「ほら、帰るわよ」
 「ちょ、引っ張るなって!」
 リトの制服の襟をつかみ、ズリズリと引きずっていく。リトはなす術無く、教室の出入り口へとそのまま引っ張られていく。
 「じゃあ、先生。さようなら」
 美柑がリトの陰から、半身を出し、左手を振って挨拶した。
 「はい! 気をつけて帰ってね、美柑ちゃん!」
 廊下に出て、曲がってもしばらくの間、リトはズルズルと引きずられていったのであった。


 「ったく、俺は何もやってないぞ」
 「やりそうな顔をしてたからね。未然に防ぐのが、風邪をこじらせないためには重要だし」
 「いや、そもそも、何にも無かったわけで」
 「病気に罹る人は皆、同じことを言うもんだよ」
 校門を出て、通学路の道路の脇を横並びで歩きながら、リトと美柑は喋っていた。
 「でも、何回来ても懐かしいな。校舎に入るときから、昔の記憶が色々思い出されてきた」
 「そう? 私はまだそんな気分にはならないけど」
 「お前も中学に入って、そのとき小学校に来てみれば分かると思うぜ」
 「あんまり分かりたくないネェ……。わざわざ母校を訪問して、郷愁に浸るとか何かおっさんくさいし……」
 「たしかにその通りかもしんねぇな。別に悪いもんとは思わないけどな。と、今日はこのまま家に帰るのか?」
 「うーん、食材はまだまだ残ってるし。このまま帰ってもいいかな」
 「そっか、了解」


 学校と家との距離も三分の二に差し掛かった。朝、リトやララと美柑が分かれる通りだ。
 そこで、美柑はある気配を感じた。
 「どうした?」
 美柑が周囲を見渡す。すると、通りの角で誰か動いているのが目に入った。
 「……リト、やっぱり買い物して帰るよ」
 「へ?」
 「ほら、こっち。走って!」
 「お、おう。分かった」
 二人が走り出す。すると、角に隠れていた二人があぶりだされた。
 「やっぱり、あの子たち!」
 二人の姿を目で確認した美柑は言った。
 「どうした? 美柑」
 「友だち! 父さんの代わりにリトが来るって言ったときに、やたらと興味深々だったから、変だと思ったんだ」
 「別に顔ぐらい……。止まって話してもいいんじゃないか?」
 「あんたが良くても、私が嫌なのよ。多分……」
 「多分?」
 「……ええい、どうでもいいから。とにかく走って、撒くわよ!」
 「わ、分かった」
 リトと美柑は、そのまましばらく走り続け、商店街の奥深くへと紛れ込んでいった。


 「ちっ、見失った」
 髪がセミロングで外ハネの少女が悔しそうに呟いた
 「別に……校門を出たところで待ち構えていればよかったような……」
 カチューシャをしたもう一人の少女が言った。
 「それじゃ楽しくないでしょ。しばらく泳がして、生態を観察したあと、ムードが高まったところで釣り上げる。これが楽しいのよ」
 「……それどこで習ったの?」
 「『実録、パパラッチの正体!!』って書いてあった本。夏休みの読書感想文に使ったわ」
 「なんかよく分からないけど……凄そうだねその本」
 「まあね、それにしても、美柑のお兄ちゃん、中々普通だったわね」
 「そうだね〜〜、でも何となく、こう気を使ってあげたくなるような感じの適度な駄目っぽさがあったかな〜〜」
 「うん、美柑は結構尽くしたがりのところがあるからなぁ。というかあのお兄ちゃんのおかげでそうなったのかもしれないけど。調教したというか……フフッ」
 「笑い方が下品だよ……。それで、これからどうするの?」
 「美柑の家の近くで、帰ってくるのを待ち構える」
 「そっか〜〜、確かに家には必ず帰ってこないといけないしね」
 「でしょ、じゃあ行くわよ」
 「うん!」


 「ハァハァ……、何とか撒いたかな」
 「ええ……、もう大丈夫みたい」
 商店街の大通りから一本脇道に入ったところで、リトと美柑は止まった。
 「暑っ……、フゥ、一息ついたな」
 いつも通りの格好に制服を着崩し、胸元をパタパタさせてリトが言った。
 「そうだね」
 「でさ、これからどうするんだ。買い物に行って帰るのか?」
 「んー、どうしようかな……」
 美柑がぶつぶつと手を顎に当てて考え始める。友人たちの行動を推測すると、すぐに家に帰ったら、間違いなく鉢合わせするように思えた。
 そして、一つ考えが浮かんだ。
 美柑は、ちらりとリトを見る。
 「どうした?」
 「んっと……、リトはこれから何か予定ある?」
 「特に無いな。家帰ってダラダラと過ごすってとこか」
 「じゃさ、二人で遊びに行かない?」
 美柑がリトの正面に回って、後ろ手を組みながら提案してきた。
 「別にいいけどさ。何して遊ぶんだ? さすがに遠出するにはちょっと遅いし」
 「買い物とか、そうそうこの前いい服見つけたんだよ。ちょっと一緒に来て、見てみてくれない?」
 「ふーん、服ぐらいならいいか。他には何かある」
 「ありがと! 他は……、行ってから考えればいいよ! 近場なら時間はたくさんあるしね」
 リトの横に、美柑は回りこむ。
 「ま、それもそっか。っておい!?」
 「何?」
 「何って……。左手にしがみつくな!」
 「いーじゃんいーじゃん。それとも何だい、リト? ひょっとして嬉しかったり?」
 美柑は、リトの左腕をギュッと引き寄せながら、意地悪そうに笑いながらリトを見上げた。
 「んなわけねーだろ。恥ずかしいんだよ」
 「無理しちゃって、じゃ、行こっか!」
 「ああ。ってまて、そんな引っ張るな〜〜」
 二人は寄り添いながら?、お昼前の商店街へと消えていったのだった。


 それからしばらくして……、
 結城家の近くに、並んで立っている二人の女の子がいた
 「こないね……」
 「うん……、おなか空いたな……。それに、ずっとこんなところにいたら暑くて」
 「……帰ろっか」
 「うん、家に帰って、ご飯でも食べよ……」
 「そだね……。じゃ、私はここで失礼するわ」
 「うん、また明日ね……」
 「ハァ……疲れた……」


 おしまい


 <後書き>
 お疲れ様でした。いかがでしたでしょうか。
 ぶっちゃけ長すぎたかなと思います。エピソードをいくつか省けば、もう少し収まりが良かったんですけど……。
 唯の肘打ち凄いですね。さすが武道家属性を持ったことはあります。あと金的。
 春菜と唯に上手くつながりが描ければ、もう少し幅が広がるかも。そういや、アニメの文化祭ではそんなエピソードもありましたね。
 あそこの件はほんの少し良かった記憶。
 

 美柑の友達、マセてます。多分オリジナル。きっとオリジナル。ってか昼の芸能ネタっぽい。
 

 朝食は作りなれたものを、で具体的なメニューを出すのを避けたのは、あまり設定を追加したくなかったから。
 それと人によって異なりそうだからです。思いつかなかったというのもありますがw
 お好きなものをチョイスしてください。きっとそれが思い出のメニューです。


 ララの道具、162話で出てきた「ぐんぐんジェットくん」(仮名)、本編で名前でたことありましたっけ?
 ちょっと未確認なんで、すいません。名前出てたら教えてください。
 「ぐんぐんジェットくん」、今思いついた割には、それなりな気がする。


 それと、申し訳ありません。全体を確認する暇が無く、未校正です。誤字脱字は随時訂正していきます。
 気に入らないところがあったら、そこも直していきます。


 表現の幅、特に顔ですね。表情の表現をもっと増やしていきたいと思いはじめました。小説読むしかないよね……。


 では、この辺で。
 次回は唯話を仕上げます。
 今回もありがとうございました。